私たちは本当に「余裕のない時代」を生きているのか

思索

物価高や将来への不安が語られることの多い、今の日本。

決して楽な時代ではありません。仕事に追われ、時間に追われ、気がつけば一日が終わっている。そんな感覚を持っている人も少なくないでしょう。

それでも私たちは、健康に暮らし、学び、自分自身に挑戦する選択肢を持っています。

世界を見渡せば、その「選択肢」そのものが存在しない場所もある中で、私たちは比較的安定した環境に立っているとも言えます。

だからこそ、余裕がないから考えられないのではなく、
余裕がない時代だからこそ、何を大切にして生きるのかを考える意味があるのかもしれません。


空の上から見た世界に、国境はなかった

フライト中、眼下に広がる景色には国境線がありません。

どこまでも続く大地と海が、ただ静かにそこにあります。

同じ地球の上に立っているはずなのに、地上では戦争があり、貧富の差があり、生まれた場所によって人生の難しさが大きく変わってしまう地域があります。

その現実を思うたびに、空の上で見える美しい景色が、少しだけ切なく感じられることがあります。

同じ世界を生きているのに、分断されている現実が、確かに存在しているのです。


幸せを感じる瞬間は、誰かの笑顔だった

振り返ってみると、自分が心から満たされていると感じる瞬間は、
誰かの役に立てたときというよりも、誰かの笑顔に触れたときだったように思います。

それは大きな成果ではありません。

ほんの一言かもしれないし、何気ない行動かもしれない。

それでも、その人の表情が少し和らいだとき、自分の心も静かに満たされていく感覚があります。

誰かを幸せにすることと、自分が幸せを感じることは、
思っている以上に近い場所にあるのかもしれません。


「何かしたい」と思っても、忙しい現実がある

そうは言っても、現実は忙しく、余裕があるわけではありません。

仕事や家庭、責任に追われ、社会の課題に向き合う時間やエネルギーは限られています。

「何かしたい」という気持ちはあっても、大きな行動を起こすことは難しい。
だからといって、何もしないしかないわけでもありません。

無理のない形で、今の自分にできることを考える。

その姿勢そのものが、ひとつの選択なのだと思います。


NPOという選択肢を、どう考えるか

NPOや寄付について、不透明な話を耳にすることもあります。

だからこそ、盲目的に信じるのではなく、自分なりに考え、選ぶ姿勢が大切なのだと思います。

数ある選択肢の中で、
私自身が向き合うことになったのが
ワールド・ビジョン・ジャパンでした。

世界各地で子ども支援や地域開発に取り組み、日本では認定NPO法人として活動している団体です。

大手企業や著名人が関わっていること、寄付金が税制上の控除対象になることなども、判断材料のひとつにはなるでしょう。

ただし、ここで大切なのは「この団体が正解だ」という話ではありません。

NPOという関わり方が、ひとつの現実的な選択肢として存在しているという事実を知ること自体に、意味があるのだと思います。


自分自身が成長し、
心からの幸せを感じられる人生を歩むために、
ときどき視線を、
自分の足元だけでなく、世界にも向けてみる。

それは立派な行動ではないかもしれません。
けれど、生き方として、とても自然な選択だと思うのです。


自分の選択が、世界のどこかにつながるという感覚

大きなことをしなくてもいい。
完璧でなくてもいい。

それでも、自分の日々の選択が、
世界のどこかで生きる誰かと、ほんの少しでもつながっていると感じられたとき、
人は前を向けるのかもしれません。

その感覚が、また次の一歩を踏み出す原動力になり、
結果として自分自身の成長にもつながっていく。
私は、そんな循環を信じています。


答えは出さなくていい。考え続けるという選択

寄付をするかどうか。
NPOとどう関わるか。
正解は一つではありません。

今日、何か行動しなくてもいい。
ただ、世界のことを考える時間を持つだけでも、
見える景色は少し変わります。

自分の頑張りが、世界の誰かに届く。
それは特別なことではありません。
けれど、とても静かで、確かな幸せなのではないでしょうか。

1日あたり150円の支援で途上国の子供たちに希望を

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