現代のパイロットは、
単に操縦桿を巧みに扱う存在ではありません。
多くの人が想像する「操縦の上手さ」と、
実際に仕事をしているときのパイロットの頭の中には、
大きな隔たりがあります。
かつての航空機は、
ある意味で「操縦者の技量」に大きく依存して飛んでいました。
しかし、現代のハイテク機ではそれは通用しません。
いま求められているのは、
機械と人が互いを理解し、
協力し合いながら飛行を成立させることです。
そこには必ず二人のパイロットがいて、
それぞれ異なる経験、知識、バックグラウンドを持っています。
同じ状況を見ていても、
頭の中で描いているイメージは微妙に違う。
だからこそ重要になるのが、
Situational Awarenessです。
状況認識とは、
単に情報を多く集めることではありません。
何が起きていて、
何が起こり得るのかを、
どのような構造として理解しているか。
その理解の土台になっているのが、
これまでに積み重ねてきた経験です。
私は、
パイロットの経験とは
「どれだけ多くのメンタルモデルを持っているか」
だと思っています。
過去のフライトで見た小さな違和感、
訓練で体験した失敗、
何も起こらずに終わった一日の積み重ね。
それらが頭の中に型として残り、
次に似た状況に出会ったとき、
無意識に参照されます。
状況を認識し、
その認識をCommunicationによって共有し、
Decision Makingへとつなげていく。
Decision Makingという言葉は、
「判断」と訳されがちです。
しかし実際には、
一瞬の決断だけを指しているわけではありません。
問題をどう定義し、
選択肢をどう評価し、
決めたあとにどう振り返り、
次に活かすか。
その一連のプロセスすべてを含んでいます。
そしてそれらを、
Workload Managementによって適切に配分し、
Teamworkの力で実行していく。
パイロットは、
飛行中ずっとこの循環を回し続けています。
特別なことが起きていない時間も含めて、です。
「何もなく一日が終わる」。
それは退屈な日ではなく、
最も素晴らしい一日です。
家族や恋人から見ると、
パイロットは少し面倒に感じることが
あるかもしれません。
確認が多く、
共通認識を揃えたがり、
言葉の意味に敏感です。
それは神経質だからではありません。
認識のズレが、
後になって取り返しのつかない結果を生むことを、
身体で知っているからです。
飛行機の世界では、
いわゆるブラックスワン
まず起こらないだろうと思われていた出来事に、
突然直面することがあります。
そのとき問われるのは、
操縦の巧さではありません。
どれだけ多くのメンタルモデルを持ち、
それを使って状況を再構成できるか。
パイロットとしてのコンピテンシーが、
試されます。
これは、
人生にも似ていると感じることがあります。
出来事そのものよりも、
それをどういう種類の状況として認識するか。
どんなモデルで受け止めるかによって、
選ぶ行動は大きく変わる。
現代のパイロットが
当たり前のようにやっていることは、
決して派手ではありません。
ただ、
チームとして理解し合い、
判断し、
何も起こらない一日を積み重ねていく。
それが、
安全運航を支えている現実です。
